8月9日・朝
東京・月島
週末を目前に控えた会社員達が、今日も駅から会社に向かって行く。特に盆休みを控えた会社員達は心なしか軽く見えたのだが、
(なんだ、今日の電車の混み様は?)
いつもと異質の通勤電車に、少々戸惑いを見せている人も中にはいた。その中の一人、彼もまた、いつもとは違う通勤電車を経験した。
「よっ、おはよっ」
後ろから肩をポンっと叩かれ挨拶をするのは、同期で入社した市川だった。
「おはよう」
「ちょっとYシャツが乱れているぞ。って今日、有楽町線乗って来ちゃった?」
見てみると、あまりの混雑でYシャツが少し乱れていた。
「うん。すごく混んでいたけど…」
「課長、わざと教えなかったな…」
「えっ、何かあるんですか?」
「うん、まぁな。混むことだけは知っていた方がいいと思うぞ」
何があるのかまで知りたかったが、増えていたと思われる人たちを思い出す限り、あまり気にしない方がいいと思った。最も、市川もそれ以上、話すつもりはなかったみたいだが…。
「やぁ、おはよう」
「おはよっ」「おはよう」
ちょうどバス停に来た辺りで、同じ課の川口先輩に会った。
「やっぱ、今日はバスですか?」
「そうだな。でも今日はバスも大変だな」
「こいつ今日、地下鉄だって」
市川が親指で指した。
「あれ? 知らなかったの?」
「え、ええ」
「俺も知らずに乗ったとは、偉い目に遭ったからね」
「えっ、先輩も?」
「どうも新人にこのことを教えないのは、ウチの部の方針らしいんだ」
3人とも思わず微笑する。
「ところで二人とも、夏休みの予定は?」
笑い終わったところで川口が問いかける。
「うーん、とりあえず実家に帰ってのんびり、かな」
「いいよなぁ。実家が遠い訳じゃないから、少しは楽だよな」
市川の実家は静岡県清水市にある。帰省となれば東海道本線や高速バスでも十分な場所だ。
「んで、お前は?」
「えっ…」
市川が話を振る。正直なところ、これと言ってあまり決めていなかった。
「実はまだ…」
「なーんだ。まだ決まっていないのか」
少々つまらなさそうに市川が言い返すが、
「俺はてっきり、彼女とどこか行くのかと思っていたけどな」
「ぶっ!」
「はははっ」
痛いところを突かれた。思わず吹き出してしまうところを見て、川口が笑った。
「いやぁ、悪い悪い。でもあんなところを見られたらなぁ」
「通りがかりにしちゃ、出来過ぎだったからな」
二人して傷口に塩を塗る。でも彼は悪い顔一つ見せなかった。話の途中だったが、そこで会社にたどり着いた。
その出来事は彼が入社して数日後、彼ら三人で会社から帰るときだった。
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