8月9日・昼
午前の業務を終え、3人は社員食堂で昼食を取っていた。
「入社してからもう4ヶ月も経っちゃったんだぜ。早いもんだろ」
今から夏休みを待ちきれないと言った様子の市川が声をかける。
「そうですね。いろいろあったけど、あっと言う間でしたね」
「去年の今頃なんか、就職が決まって遊んでたんじゃないの」
横目で見ながら川口が言った。
「うん、まぁ、遊んでいたと言えば、遊んでいたかな」
「おや?」
お盆を持ってちょうど横を通りがかったのは、同じ職場の宮本だった。
「おっ、楽しそうだな。ここ良いかな?」
「どうぞどうぞ」
川口の一言で、宮本が隣の席に座った。
「ところで、明日の華火大会はどうすんの」
そう言えば明日は、東京湾大華火大会がある。この社員食堂は、社員専用の特等席として開けてくれる。
「ここからの眺めは最高に良いぞ。『ここの社員で良かった』って思うくらいだ」
川口の一言に市川は、
「あっ、それじゃ見に行っかな。急いで帰省することもないだろうし…」
ブルルルルルッ
(!?)
話の途中、急に胸ポケットに入れてある携帯電話が着信した。話が止まり、自分に視線が集まる。
「ちょっと、失礼」
席を立ち急いで廊下の方へ向かう。食堂内での通話は控えるようになっているからだ。二つ折りの携帯電話を開き、
彼女に声をかける。
「優。どうしたの、こんな時間に」
「あっ、まだ仕事中だったかな?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そう。あのね…、実は私の両親が、帰ってくるみたいなんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「だからね、明日…、一緒に、広島に帰らない」
「えっ! でもそれは…」
優の思わぬ一言に驚いた。それは彼女が言った約束を自分から破る行為だったからだ。
「分かっているよ。でも…、キミと一緒に、キミと出会った、広島に帰りたいんだ」
受話器越しだったが、彼女の強い意志と気持ちが、彼の耳に、そして心に届いた。
「でも、この時期だから切符の問題もあるし、それに、久しぶりに両親と会うんでしょ。たまには一家団欒でゆっくりしてきても…」
「フッ…、私は、別に構わないけど。それに、キミの分も用意してあるよ。私の隣の、指定席をね」
「う、うん。分かった」
「じゃあ、待ってるね」
彼は電話を切って、携帯電話を畳んだが、彼はしばらく食堂に戻らず立ち止まった。
(どうしたんだろう? 急に広島に帰ろうだなんて。それにちょっと、様子がおかしかったような…)
そう思いつつ、彼は食堂へ戻った。
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